2015年度コラム
食品冷凍の父
~「冷凍」について、ちょっとだけ考えてみようⅢ~
宮城県水産高等学校 教諭 若松英治
1855年、オーストラリアのジェームス・ハリソンによって、世界で初めて冷凍機が開発されて以来、漁船や輸送(流通)に大きな影響を与え、イギリスに新たな食文化をもたらしました。そこから50年の時を経た1900年代のアメリカにおいて、あまり日持ちのしないジャム加工用のイチゴを輸送するために冷凍したのが「冷凍食品」の始まりとされています。
しかし、冷凍食品が始まった当初は、冷凍技術の問題や適切な解凍方法がないことから、食べても歯応えが悪いとか、味が落ちると言われていたようです。食品が凍結する際にできる氷結晶が大きければ大きいほど食品の細胞を損なってしまい、食品が美味しくなくなるのは、損なった部分から、解凍時に水分(ディップ)や血液などの液体成分(ドリップ)、そしてうまみ成分が流出するからです。
そんな中、後に「食品冷凍の父」と呼ばれる「クラレンス・バーズアイ(他にスポットライトなど、多くの発明がある)」は、1912年から4年間、カナダで毛皮の取引に携わる中で、釣ったばかりの魚やカモ肉を雪に埋めて急速に凍らせることで風味や食感を保つ、エスキモー(イヌイット)の生活の知恵を知って驚きました。また、厳冬の最中に凍らせたキャベツは、寒気が緩む時期に凍らせたキャベツより味がいいことも発見し、味の違いは「凍るスピード」が関係しているのではないかと考えました。
そもそも食品を冷し続けていくと、-1℃から-5℃の間に食品中の水分が氷結晶となります。この温度帯に滞在する時間が長ければ長いほど氷結晶が大きくなるため、ディップやドリップが流出し、食品の味や食感を損なってしまいます。バーズアイは、食品中の水分が凍結する温度帯を「急速に通過させる」ことで氷結晶を小さく抑え、食品組織の損傷を極力少なくする「急速凍結」を開発しました。
かくしてバーズアイは、カナダで発見した「エスキモーの知恵」や「凍るスピード」をカギとして、1925年に「急速冷凍」の特許を取得し、アメリカでビジネスを展開しました。そして彼は第1次世界大戦終了後、魚の卸売りを始め、急速冷凍した魚を市場に出し、大成功を収めます。急速冷凍により、食品冷凍で1934年までに毎年約3900万ポンド(現在の約一兆円規模)が動いたといわれています。
当時、エスキモーの知恵と、バーズアイが経験したような味の違いのことを知っていた人は少なくなかったはずです。つまり、誰もが急速冷凍を想像できたはずです。しかし、急速冷凍は結果的に2つの知恵からヒントを得て、「行動」したバーズアイが発明しました。彼は次のような言葉を残しています。
-好奇心がなければ、チャンスは見つけられない。そして、勝負に出なければ、チャンスを掴むことはできないー
バーズアイのエピソードは、「成功する人とは、いかに普段から多くのことに反応し、感じ、記憶しているか、そして、課題が見つかったとき、感じたことや記憶していたこと、過去に見聞きしたことや知恵を応用できないか発想し、行動することを大切にしているか」を教えてくれています。
(冷凍はもう少し)つづく
参考:おじさんの依存症日記「クラレンス・バーズアイ」 Mind-B「発見したアイデアに第二の生命を吹き込む」
NSデザインミュージアム柏木博「工業製品としてのインスタント食品」 地球の名言「クラレンス・バーズアイ」